試合終了のホイッスルが鳴りました。
4-2。とにかく最低限のラインである勝利を手にすることができました。
しかし。
「WBL対HAN戦の結果次第ですね。HANが同点に追い付ければいいんですけど…」
野咲監督が懸念していたWBL対HANは1-0を表示したままです。
そして、そこに「END」の表示。
「END」、つまり試合終了、ということ。
もうここから先、スコアは動かないということ。
つまり…
「チックショー!」
そう叫びながら荒々しくマグパイ・パークの芝生を蹴り上げる選手がいました。
主将の藤崎さんでした。
その声をきっかけに、ピッチにいるEWIの選手たちがくずおれるようにピッチに倒れ込みました。
結局、私達は優勝できませんでした。
最終節の対SSS戦は、一種異様な雰囲気の中で始まりました。
話を聞くと、SSSはかつて2年前の第2ステージで今は亡きRMSの、そして今年の第1ステージではWBLの優勝を目撃したということもあって、特にサポーターからは「絶対に胴上げさせるな」というオーラを醸し出していました。
だからなのでしょうね、対戦前からみんなゲームに集中できないくらいサポーターたちの殺気に脅えていました。
ゲームが始まっても、そんな雰囲気に選手たちが呑まれているようでした。
SSSに押されているようなペースでゲームが進み、まずは相手にいいシュートを2本撃たれました。
そして、次は森下さんがイエローをもらってしまいます。
「サツキさん? 森下さんのイエローは?」
「今はイエローはありません。これで1枚目です」
「そう…」
監督がホッとした表情になりました。
それもそうでしょう。EWIはそれでなくても9人のイエローを出しています。もし彼女たちが2枚目のイエローをもらったら、次のゲームは諦めなくてはいけません。
気がつくと、スコアボードに「WBL 1-0 HAN」と表示されています。
いつ点が入ったんだろう、そう思って井上さんに聞いたら、
「開始早々、後藤さんのゴールで決まったそうです」
ということでした。開始早々のゴールまで気がつかないなんて、私たちも結構緊張していたのかもしれませんね。
しかし、ピッチではそれどころではない状況になっていました。
藤崎さんがベンチに向かって「こっちに来てほしい」と手招きをしていました。
もちろん手招きをしたからといって、部外者がピッチに出てはいけません。野咲監督は私に、「医療道具を持って治療をしてきて」と指示を出しました。
私が担架で出されたところにいくと、森下さんが痛そうに足を押さえていました。
「大丈夫ですか?」
私が聞いたところで、森下さんは、
「無理すれば出られるけど、おそらく無理したら後が大変になるんじゃないかな、と思う、そんな状態」
そう答えました。
私はとりあえず応急処置をして森下さんをピッチに送り出してから、ベンチに戻って、
「森下さんは怪我をしています。交代させた方がいいかと思います」
そう報告しました。監督はその報告に頷くと、
「咲野さん、アップをして交代に入って下さい。交代は森下さんです」
そう指示を出しました。
そしてアップをすませた咲野さんが森下さんの代わりにピッチに入りました。戻ってきた森下さんはやはり痛そうに足を引きずっていました。
「シャロンさん、ロッカールームに戻って森下さんの手当をしてあげて下さい」
「分かりましたわ」
シャロンさんが森下さんの肩を担ぐようにしてロッカールームに引き上げていきました。
次の瞬間、私たちは信じられないような光景を見ました。
バックパスを受けた麻生さんが詰めてきた新井さんにボールを奪われ、あっという間に新井さんとティナさんの1対1の状況になってしまいました。
ティナさんも新井さんとの間合いを詰めてゴールさせないように頑張りましたが、新井さんは左に買わすと、無人のゴールにボールを転がしていきました。
0-1。私たちにとって一番最悪のパターンでした。
「麻生さんがあんなところでボールをとられるなんて…」
監督も呆然といった表情でピッチを見つめていました。
前半は結局、たいしてシュートを撃てないまま0-1とリードされたまま折り返しました。
ハーフタイムはまるでお通夜のような雰囲気でした。
特に麻生さんは自分のミスで点を取られたことにショックを受けているようでした。
まずは状況確認。現在うちは0-1で負けていて、ルーテシア・パークでは1-0とWBLが勝っている、ということを報告しました。
「みんなは2位でも納得するの?」
野咲監督が涙ながらにそう訴えました。
「別にWBLに優勝してもらって、2位で代表決定戦にもつれ込んでもいいかもしれない。でもそんな考えだったら、向こうでもしHANが2点取って逆転勝ちしたら、もう永遠に今回のチャンスはないんだよ!」
みんながうなだれた表情になりました。
「うちだって逆転しようと思えばできるんだよ。うちが勝ちさえすれば、WBLがHANにこの後点を取られて引き分けても優勝するんだよ! その可能性を、やりもしないうちからどぶに捨てる気なんですか?」
「私は嫌です」
凛とした声が響き渡りました。
藤崎さんが立ち上がって喋りました。
「第1ステージだってうちが優勝候補といって結局4位に落ちてしまいました。今さらそのことをどうのこうのいう気はありません。でもチャンスがあるのに、私たちの方からそれを逃してしまうのは勿体ないと思うんです。だからあと45分、結果はどうあれ、死にものぐるいで優勝を目指して足掻いてみましょうよ!」
「そうだな、詩織の言う通りだ。こんなところで勝手にジ・エンドを決め込んだら、わざわざ福岡まで来てくれているみんなに申し訳が立たないな」
「そうですよ。まずは優勝を目指して、それで駄目でも代表決定戦、そういう意識じゃないと」
やっとみんなの心にエンジンがかかってきたようでした。
そして後半、開始してからはお互いにチャンスを見いだせない状況でした。しかし相変わらずボールのキープ率はうちの方が勝っているようでした。あとはチャンスさえ見いだせば、そう思っているようでした。
そしてその時は15分を過ぎてやってきました。
左サイドで牧原さんからボールを奪った音無さんがドリブル突破してゴールに殺到します。
音無さんに向かってSSSの守備陣が殺到します。
音無さんはそれを見計らったかのようにループ情にボールをゴールの方に落としました。
そこに飛び込んできたのが鬼澤さん。
右足をしっかりとのばしてつま先で蹴り飛ばしたボールは、ゴール左に入っていきました。
これで1-1。なんとか戦える見込みが立ちました。
そしてその4分後。
パトリシアさんのパスを受けた藤崎さんがゴール左に展開していた音無さんにボールを預けます。
音無さんはそのボールを受けた後、一瞬で選手の位置を確認してからループシュートを放ちました。
そのボールは慌てて飛びついた鞠川さんの上を越えて、ゴールに吸い込まれていきました。
2-1。やった! やっと逆転した!
みんな大喜びで、ベンチの中で飛び回っていました。
それからしばらくはSSSの猛攻を浴びました。
なんとかティナさんたちが食い止めようとしたのですが、結局交代出場した谷さんにボールを蹴り込まれて、2-2の同点に追い付かれます。
「大丈夫、まだ15分あります。とにかく1点でも勝ち越しましょう!」
監督が声をからしてみんなに檄を飛ばしました。
私たちもみんなの頑張りを助けてあげようと、一生懸命応援しました。
そして終了間際、神様は私たちの思いに応えてくれました。
40分を過ぎたところで、左サイドをドリブル突破した陽ノ下さんからのクロスを鬼澤さんがボレーでゴールに蹴り込みます。
3-2。また勝ち越しました。残り4分ほどでもう大丈夫と思いました。
でもそれでも納得できないとばかりに、それから1分くらい後に、陽ノ下さんからのフライスルーを受けた鬼澤さんがまたゴールを決めました。
4-2。もう安全圏といえるスコアです。
でも攻撃陣の思いはまだまだこれで守りに入る感じではありませんでした。完全に優勝するためにはあと2点、とにかく取りにいかなくちゃ、そう思ってがむしゃらにゴールを狙おうとしました。
そしてホイッスルが鳴りました。
泣きじゃくるみんながとにかくEWIのゴール裏に集結しました。
藤崎さんに聞いたら、土下座して謝ろうか、そういう話も出てきたそうです。
でも選手たちを前に、サポーターたちはこう言ったそうです。
「まだチャンスがあるじゃないか、今度は20日にそのチャンスをゲットすればいいんだよ!」
みんな分かっていたのです。もしかしたら私たちの頑張りが徒労に終わるかもしれない可能性を。
そしてその通りになった。
でも優勝したのはWBL。既に第1ステージ優勝という資格で「座席」を占めていたチームがもう一つ「座席」を占められるわけがない。
そうすると、第1ステージ2位のHANと第2ステージ2位のうちがその残り1席を巡って戦いを起こす、と。
そしてHANは今日、目の前でWBLの胴上げを見せられた。
私たちは勝って悔し涙を流した。
どちらの悔しさが上か、それを証明するゲームになりそうです。
そしてサポーターたちは、私たちが12月23日にスーパースワン・スタジアムでゲームをすることを信じています。
その可能性を信じて、また新たな戦いを始めよう。
みんなの目から、迷いが消えているのを私たちは感じました。
今日は残念だったけど、その悔しさを20日のゲームで発散して勝ちましょう!PR